世代を超えて集う、まちの“たのしい居場所”
昭和から令和へ。時代が移り変わる中でも、変わらず人の笑顔と歓声が響く場所がある。
能代市のボウリング場「能代スポーツセンター」は、競技の場であると同時に、地域の人たちが気軽に集う、まちの居場所として、今日も12レーンを動かし続けている。

これまでの歩み
能代スポーツセンターの始まりは、昭和45年8月。
「能代ボウル」として、秋木工業(現・新秋木工業株式会社)の遊休地活用策の一環としてオープンした。ボウリング場の開業を皮切りに、スケート場、ゴルフ練習場、バッティングセンター、卓球場などを次々と設立し、「秋木スポーツランド」へと発展。その後、現在の形となり、「能代スポーツセンター」として地域に親しまれてきた。
現在、経営を担う代表の高橋さんは、学生時代にこのボウリング場でアルバイトをしていたという。
そのご縁から、平成10年に運営を引き継ぎ、創業から2代目としてこの場所を守り続けている。


最盛期の熱気、そして時代の変化
ボウリングブーム全盛期には、ひっきりなしにお客さんが訪れ、待ち時間があるのが当たり前。「どうやって店を回すかが第一だった」と振り返るほど、忙しい日々だったという。
時代が変わり、娯楽の形も多様化した今。
高橋さんが大切にしているのは、「上手な人だけが行く場所」にしないこと。学生やファミリー層も含め、誰もが気軽に楽しめる空間づくりを第一に考えている。

“家計応援ボウリング”が生む、一体感
その想いを象徴する取り組みが、月に一度開催される「家計応援ボウリング」だ。
毎月最終土曜日の19時から、すべてのお客様を対象に行われるこのイベントは、開催から12年目を迎える恒例行事。5位ごとの飛び賞対象者(5位、10位…40位、50位…70位)には、スタッフが厳選した豪華景品が用意される。
マイボウラーと初心者の差が出すぎないよう、ハンデを設けて全員が同じ土俵でプレーできる仕組みも工夫のひとつ。会場は活気にあふれ、リピーターも多い。
景品へのこだわりも、このイベントならでは。スタッフが自ら車を走らせて仕入れに出向くそう。
ふらりと一人で参加する人も大歓迎。初対面同士でも自然と会話が生まれる、不思議な一体感がそこにはある。


12レーンがつくる、市民のサードプレイス
能代スポーツセンターのレーン数は12。
「この規模だからこそ、目が行き届く」と高橋さんは話す。レーンに隔たりなく、和気あいあいと楽しむお客さんたちの姿を見ると、胸があたたかくなるという。

高橋さんが思い描くのは、家や職場に次ぐ「市民のサードプレイス」。
親が、子どもに負けじとボールを投げる。
学生が放課後に集い、レーンで笑い合う。
そんな風景が当たり前になる場所を目指している。
将来的には、「小さな子どもを安心して遊ばせられるスペースづくりも夢の1つ。」という。
その言葉には、“施設”ではなく“居場所”として続けていきたいという想いがにじんでいる。

次の世代へ、ボウリングの楽しさを
学生向けには「放課後ボウリングクラブ」という取り組みも行っている。
中・高校生を対象にした会員制システム(登録無料)で、3ゲーム1,100円。さらに靴代200円はキャッシュバックされる。登録は既に180人を突破しているという。
フロントで学生たちと交わす何気ない会話も、高橋さんにとっては日々の楽しみのひとつ。「この歳になって、こういうコミュニケーションが楽しくなってきた」と、穏やかな笑顔を見せる。
能代スポーツセンターでは、団体利用にも柔軟に対応。利用時間の相談に応じることもできる。またボウリング用品の世界通販も手掛けている。
「近場からでも、遠くからでも、来てくれた人が楽しんでくれたらそれでいい」。
その言葉の通り、この場所には効率よりも人の時間を大切にする空気が流れている。


ボールを投げる、その先に
ボウリングの楽しさを、もっと多くの人に知ってほしい。
世代や経験を問わず、同じレーンで笑い合える場所でありたい。
能代スポーツセンターは、今日も変わらずボールの転がる音と歓声を受け止めながら、まちの日常にそっと寄り添っている。
ここで交わされる一投一投が、人と人、そして地域をつなぐ大切な時間になっている。


